2017年4月24日 今日は何の日?:植物学の日
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(4)津久井あれこれ《1》和菓子は文化(2002年12月14日発行の「三太かーど」チラシに掲載)
 この十二月に、山本書店の出版部として「つくい書房」を立ち上げ、その第一回目の本として大塚喜一著『咢堂(がくどう)尾崎行雄ものがたり』を出版した。

 この本の推薦の言葉をいただくのが目的で、大学時代の恩師のお宅を、久しぶりにお訪ねした。
 手みやげは、悩まず「咢堂まんじゅう」だった。これを持ってゆけば、とりあえず津久井と咢堂の話はできるし、お願いの筋も話しやすいと考えたからだ。

 日本政治思想史が専攻の恩師は、「津久井には咢堂のお菓子もあるんですか」と珍しがって、とても喜んでくださった。そのお蔭もあってか、たいへん心のこもった推薦文をいただくことができた。


■忘れられない味

 私自身は津久井の中野に生まれ育ったので、子供のころ、近所のお菓子屋さんといえば、同じ町内の武蔵屋だった。駄菓子しか知らない子供の舌には、たまに食べる「山芋まんじゅう」はずいぶんと上品な感じの味がして、これが「大人の喜ぶ味なのか」と思ったりもした。最近、数十年ぶりに食べたけれども、昔と同じ味がした。

 それから観音寺へ遊びに行く行き帰り、清水(巌の泉)と高尾屋のあいだの道をとおるたびに、お酒(麹)の匂いがした。これは、子供のころだから、お酒よりも「酒まんじゅう」のほうを連想させた。高尾屋の「酒まん」も最近食べる機会があったが、ちょっと小ぶりになったような気もしたけれど、やはりおいしくて、懐かしい味だった。

 大人になるってからは、辛党というか、もっぱらお酒のほうだったので、お菓子を食べることはあまりなかった。いまでも辛党は変わらないけれども、和菓子に対する考え方が少し変わったのは、次のようなきっかけからだった。


■芸術的な装いと季節感

 以前勤めていた平凡社という出版社で、「カラー新書」というシリーズの編集部にいたころ、偶然だが『京菓子』というタイトルの本を担当することになった(赤井達郎『京菓子』、一九七八年刊、現在は絶版)。その取材で、京都の何百年も続く老舗(しにせ)の和菓子屋さんを何軒か訪ねる機会があった。そこで作られる伝統的な和菓子はみごとなもので、その印象から考え出した本のキャッチ・コピーはいまでも憶えている。「……大和(やまと)絵(え)の色彩、琳(りん)派(ぱ)の意匠、そして古今調の銘――京菓子は食べられる芸術品だ」。

 だが、京都のお菓子はこれだけではなかった。これも取材のなかでわかったことだが、京都では老舗の和菓子屋さんだけでなく、「おまんや」と呼ばれる町なかのお菓子屋さんが、またよかった。季節季節のお菓子の名前を店先に何枚も張り出し、それがほとんど一週間おきに変わっていくのだ。この敏感な季節感がすごいと思った。

 もともと日本という国は四季おりおりの風情に恵まれている。だがそれだけではなく、日本人はながい時間をかけて意識的に季節を育ててきた。例えば、大和絵の四季絵や月次(つきなみ)絵、江戸の俳諧、そしてお菓子……。これらは人工的に季節を盛り上げるたいせつな文化なのだ。和菓子は単に味だけでなく、それに芸術的な装いや季節感が加わった、それこそ日本の文化の集大成みたいなものなのだ。

 そして、もう一つ忘れてならないのは、そんな和菓子を食べる人たちの存在だ。当然のことながら、お菓子を食べるのは、食欲を満たすためではない。三度の食事とは別の食べる楽しみである。お茶でも飲みながら、まず色や形を楽しみ、季節感を楽しみ、そして味わうという楽しみである。和菓子は、こんな楽しみを知っている人たちに支えられている。京都や金沢のような歴史のある町にお菓子屋さんが多いのは、そういう人たちが古くから大勢いたということでもある。


■津久井町に四軒の和菓子屋

 で、津久井である。いま津久井町に和菓子屋さんが四軒あるのをご存知だろうか。中野に武蔵屋と高尾屋(最近、成木屋がなくなったのは残念だが)、そして青山(関)に泰平堂と桃月堂。

 「百合最中」の泰平堂と「咢堂まんじゅう」の桃月堂、明治・大正のころから続いている関の二軒のお菓子屋さんは、ほとんど隣りあって店を構えている。こんな状態で、百年近くも二件の和菓子屋さんが商売しているのである。中野育ちの私には、あのあたりの様子はよくわからないのだが、とにかく二軒のお店が成り立っているのは、それを支えるお客さんがいるということである。ということは、あのあたりには、それほどに和菓子文化を理解する人たちが多く住んでいるにちがいない。

 いろんな事情はさておいて、いま津久井町に和菓子屋さんが四軒も残っているのはすばらしいことだ。「津久井の誇り」といってもよいだろう。四軒のお菓子屋さんには、これからもがんばっていただきたいと、切に願うしだいである。

 最後にひとこと。津久井といえば尾崎咢堂、だから「咢堂まんじゅう」ということで、今回たいへんお世話になったのだが、ほかに津久井を思い起こさせる名前のついたお菓子がないのが残念だ。「三太モナカ」とか「栗羊羹 三太物語」なんていうのがどうしてないのか不思議でしょうがない。

三太かーど協同組合
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