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(7)津久井あれこれ《3》正しいケンチン汁(2003年2月10日発行の「デジタル零通信」に掲載)
 正月が近くなると、わが山本家では祖母がケンチン汁を作るのが慣わしだった。小柄で細身の祖母だったが、ケンチン汁を作るときは豪快だった。大鍋の煮えたぎった油の中に、まず豆腐を投げこむように入れてチリチリに炒める。次はささがき牛蒡で、あとは人参・大根・里芋あたりをまとめて放りこんでいた。

 いまはよくわからないが、冬のこの時期、ケンチン汁を作っていたのは我が家だけでなく、多分津久井中、どこの家庭も同じだったのではないだろうか。

 三〇年以上前に死んでしまった祖母だが、その記憶をもとに、私自身も冬場になると、年に数回、ケンチン作りに挑戦してみる。その味が、なんとも懐かしいからある。 


■卓袱料理としての巻繊

 そのケンチンの語源については、大きく二つの説がある。

 一つは、「巻繊」の字をあてるもので、事典類をはじめ、一般にはこの説がとられている。例えば平凡社の『大百科事典』には、「中国から伝えられた卓袱(しっぽく)料理の一種。〈ちん〉は繊の唐宋音。……種々の器に料理を盛って、卓袱台の上におき、各人が取り分けて食べるもので、料理は江戸風で、食べ方が中国風のもの」とある。

 江戸時代に刊行された料理書では、材料に多少の違いがあるものの、その料理法は、おおむね繊切りした野菜類を油で炒め、それを湯葉で巻いて揚げたもの、ということになっている。また湯葉で巻かず、汁物にしたものを「巻繊汁」とよぶ人もいるようだ。

 ここで注意しておきたいのは、このケンチンは、「卓袱料理の一種」ということで、決して「精進料理」ではないことだ。ちなみに「巻繊蒸」という料理では白身の魚も使っている。


■建長寺汁

 もう一つは俗説とされるもので、鎌倉の建長寺との関係がいわれる。それには幾つかのヴァリエーションが知られている(以下はインターネットの検索などによる)。

 例えば、建長寺の開山・蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)が中国の禅寺から伝えたというありがたいものから、建長寺の台所であまった野菜がもったいないから油で炒めて味をつけたという廃物利用説まで。なかには建長寺の料理当番の坊さんが、「巻繊汁」を作るつもりが失敗し、偶然できたのが「建長寺汁」と解説するもののある。どちらにしろ、「けんちょうじ汁」が縮まって「けんちん汁」になったとする。

 材料は牛蒡・人参・大根・里芋を中心に、あとは蓮根とか蒟蒻(こんにゃく)なども入れることがあるようだが、とにかくこのような根菜類に豆腐を加えたもので、これを胡麻油で炒めて煮込み、醤油で味付けする。まさに精進料理である。

 興味深いのは、これらの伝承についてまわる豆腐の話だ。さりげなく「くずした豆腐と野菜を油で炒め」というのもあれば、わざわざ「小坊主が豆腐を床に落してグチャグチャにしてしまって」というのもある。要するに豆腐はくずれてなければいけないらしい。

 実際、いま建長寺もしくはその近辺の料理屋さんで作る「建長寺汁(ケンチン汁)」と称されるものは、豆腐を炒めるかどうかはともかく、わざわざくずして出すのが多いようだ。

 この精進料理に使用する豆腐については、中国旅行での個人的な思い出がある。


■中国で食べた精進料理

 いまから二十数年前、その当時は仕事として中国の石窟寺院や考古学・陶磁の本を編集していたので、中国に出かける機会が多かった。その旅行は、中国の考古学や陶磁器の研究者を中心としたグループ(故岡崎敬先生が団長だった)と一緒に行ったもので、浙江省や福建省の史跡を訪ね歩いた。

 ちょうど浙江省の寧波(ニンポー)でのことだった。この地は唐時代から海外貿易の基地として栄え、近郊には古い伝統をもつ寺院があって、宋・元の時代には日本の禅僧が遊学し足跡を残している。この寧波の古いお寺で、精進料理を食べる機会があった。

 その料理のなかで、炒め物にはかならず「肉もどき」のようなものが入っていて、それをお寺の坊さんは、自慢げに講釈した。「寺では肉が食べられません。これは豆腐を炒めたものですが、見かけも味も豚肉そっくりでしょう」。坊さんのわりには豚肉へのこだわりが強いのは、いかにも中国的で面白かったのだが、私にとって興味深かったのは、実はこのときの「肉もどき」が、我が家のケンチン汁の豆腐にそっくりだったのである。

 ということで、ここから先は私のかってな推測となる。


■ケンチン汁とは何か?

 まず、われわれが日ごろ作って食べるケンチン汁の語源は、「巻繊」ではなく「建長寺汁」のほうだと思う。「巻繊」料理は、いまでも中華料理のメニューに見られ、これは精進料理のケンチン汁とは別ものである。

 そしてこの「建長寺汁」のケンチン汁は、基本的には根菜を使った精進料理で、豆腐は、本来は中国ルールの「肉もどき」として使われたものだと思う。したがって山本家のように(多分よその津久井のお宅も同じだと思うが)、豆腐をチリチリに炒めるのは、精進料理として中国から伝わった当時の古いかたちを残しているのではないか、と想像されるのである。

 前に述べた、豆腐をくずす話もこの名残りと考えられるが、単に豆腐をくずして入れるだけでなく、それを炒めるほうが、やはり古いやりかたではないのだろうか。


■ふるさとの味を伝える

 私にとって、津久井の味といえばまずはケンチン汁だ。そしてその津久井のケンチン汁には、もしかすると、元祖であるはずの鎌倉あたりよりも古いかたちが残っているかもしれない、と推測するのである。

 ご存知のように、津久井には臨済宗建長寺派の寺が多い。我が家も大沢の祥泉寺の檀家だが、津久井の寺は、当然のことながら鎌倉の建長寺の末寺にあたり、歴史もそんなに古いものではない。にもかかわらず、このようなことが言えるかもしれないと思うのは、鎌倉などとは異なり、津久井のように他所との交流が少ない山間地では、古いものが「純粋培養」されるように、そのままのかたちで残るという可能性もあるからだ。

 ささいな根拠から想像や推測を重ねてしまったが、一つ確かなことがある。こんな話ができるのも、わが津久井に独自のケンチン汁の作り方が伝わっているからだ。先祖がこれを伝えてくれたおかげで、こんな楽しい話もできるというものである。

 山本家の、そして多分津久井の家庭で作っているケンチン汁は、もしかすると、よそのどこよりも歴史的に古く、「正しい」ケンチン汁かもしれない。そんなわけなので、津久井の味を残すためにも、ぜひその作り方を子孫に伝えていただきたいと願う次第である。

 それから最後に、ケンチン作りの挑戦者の立場からひとこと。いま手に入る津久井の四種の豆腐のなかでは、どうも音久和(オンガー)の豆腐が一番ケンチン汁に向いていそうである。

★挑戦中の「正しい?」ケンチン汁の作り方

材料:豆腐、牛蒡・人参・大根・里芋・蒟蒻、胡麻油、醤油、酒、干し椎茸の戻し汁
①牛蒡はささがき、あとは適当に切ったり千切ったりする。
②鍋に胡麻油を熱し、よく水を切った豆腐をくずして入れて、チリチリに炒める。次は牛蒡で、あとは適当に放りこむ。
③全体に油がまわったところで干し椎茸の戻し汁を入れ、アクをとりながら煮込む(私は中華鍋で炒め、それを戻し汁の入った鍋に入れて煮込みます)。
④根菜類に火がとおったら、酒・醤油で味付けする。できることなら、一晩寝かしてから食べる。

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