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三太物語
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「三太物語」の史跡めぐり   編集・撮影:山本恭一
旧道志橋と三太旅館    
 夏休みの四日め、いよいよ出発の朝だ。こんどは日本一美しいといわれている、道志川新アーチ大鉄橋のふもとに集合した。
【「三太の湖水キャンプ」より】

 むかしから、道志川はカッパのうんといたところだっていうからな。だから、水道のとり入れ口の上の大ガッパ、鉄橋上の上ガッパ、下手の下ガッパって、ここんところ三か所もカッパ淵がある。
【「三太カッパ退治」より、偕成社版『三太物語』61頁】
*旧道志橋は1924年に竣工、その後、1964年、津久井湖の建設工事に伴う新道志橋の完成ともに取り壊された。現在、新道志橋の下、道志川が津久井湖に流れ込むあたりに、まだ橋桁を確認できる。その上手が「上うわガッパ(淵)」、下手が「下したガッパ(淵)」と呼ばれた。映画『三太と千代の山』のなかで、花荻先生役の左幸子が泳いでいたのは、「上ガッパ」だった。ちなみに旧「三太旅館」は、三ヶ木側から見て、この道志橋の手前の右側にあったが、1962年、津久井湖の工事に伴い、現在の弁天橋近くに移転した。
 
新道志橋と旧道志橋の橋桁。
橋桁の左が上カッパ、右奥が下カッパだった
     
旧道志橋と上カッパ淵
写真提供:三太旅館
  もとの三太旅館と旧道志橋
写真提供:三太旅館

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