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「三太物語」の史跡めぐり   編集・撮影:山本恭一
「道志村」小学校    
 日曜のおひるから、おらたちの野球仲間は、学校の庭で試合する約束だった。すこしはやいが出ようとすると、ワン公のチョビ助がどうしてもつれてってくっれて、なく。そこで、チョビ助に、きれでつくったグローブをくわえさせて、でかけた。
【「三太花荻先生と野球」より、偕成社版『三太物語』11頁】

 おらたちの学校のげんかんのわきに、二宮尊徳のコンクリートの像がたってて、そのまたわきに、屋根のかかった黒板がたっている。【「三太と動物実験」より】
*三太と野球仲間は、この小学校の校庭で、テニスのラケットをバット代わりにした花荻先生と野球を楽しんだ。モデルとなった串川村立西部小学校は、1955年に津久井町立青山小学校と改称(三太が通ったのはこのどちらか)、その後1960年に町立中野小学校三ヶ木分校と合併し、町立中央小学校として三ヶ木に移転、青山小学校は廃校となった。「二宮尊徳の像」は、いまは中央小学校にある。2001年5月、小学校の跡地にクアハウスができ、校庭はゲイトボール場となっている。このクアハウスは、100円か200円で誰でも入浴でき、宴会場(?)もついている。
 
青山小学校跡地のゲイトボール場とクアハウス




クアハウスから見た旧青山小学校校庭
     

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